アメリカの映画・TVプロデューサー4,500名を抱える業界団体The Producers Guild of America(PGA)が、映画のプロデューサー・クレジットの最後にに映画スタジオに「p.g.a.」を明記する様に要請してる事が判明。つまりジェリー・ブラッカイマー製作作品だと「ジェリー・ブラッカイマーp.g.a.」の表記となる。「P.G.A.」ではなく小文字で「p.g.a.」でだ。なぜこんな面倒くさい事を始めようと提案したのか?この新表示の導入で「誰が本当のプロデューサーで、誰が名ばかりプロデューサーなのかが瞬時に識別出来る」と云う。この論争は脚本家のクレジットでもよく聞かれる話だ。今のところ、この案に同意しているスタジオは1社もないが、各社の重役クラスの中には、プロデューサー・クレジットの表記に途方もない時間を割いている状況に嫌気が刺し、今回の提案に一定の理解を示している者も少なくないと、PGAは云っている。「プロデューサー・クレジットの乱用を良しと考えてる者はこの業界に一人もいない」と団体のトップで「プライベート・ライアン」のプロデューサーのマーク・ゴードン氏は云う。氏はどのスタジオが最初に採用するかはノーコメントだが、遅くとも来年末にまでは全社が合意し、インディーズ系プロデューサー達も追随してくれるものと期待している。20th Century Fox、Paramount Pictures、Sony Pictures Entertainment、Universal Pictures、Walt Disney Studios、そしてWarner Brothersの担当者達は今回の件に関して口を閉ざしている。協会の提案では、新マークは希望者のみに与えられ、映画の企画の立ち上げから参加している事が、協会が認めるプロデューサーで、更に完成まで見届け、全てのプロセスに決定権のなる者のみが「p.g.a.」の称号を与えられる。事前に映画1本に何人までがプロデューサーとして認められると云うのはなく、会員、非会員にも該当者であれば授与出来る。監督組合(DGA)、脚本家組合(WGA)や俳優組合(SAG)等と違い、プロデューサー協会は労働組合ではないので、強制力はない。しかしここ何年もの間、協会はこの「プロデューサー・クレジット乱用問題」に時間をかけて来た。現在、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、そして英国アカデミー賞には同協会の働きかけにより、受賞像の適任者の規定を採用させた経緯がある。アカデミー賞、プロデューサー協会は、2006年度のオスカー作品賞の「クラッシュ」のプロデューサーの一人ボブ・ヤリ氏のオスカー授与を却下した。理由は「出資しただけと云う理由でオスカー像授与の対象にはならない」と判断されたからだ。過去2ヶ月で、この提案に賛同したプロデューサーは140名を越え、「投資家や芸能マネージャー、そして権力を誇示したがるスターやプロデューサーと称するも、現場に一度も顔を見せない者等、大した仕事もしてないのにプロデューサー・クレジットを要求する輩に対する防衛策」と賛辞を贈った。10月12日の同意書では、スティーブン・スピルバーグ、ウォーレン・ビーティ、スコット・ルディーン、ローレンス・マーク、ラリー・ゴードン、リチャード・ザナック等、名だたる業界の大物が署名。これらの人の名前の最後に「p.g.a.」と表記される事は間違いなさそうだが、新聞広告等のクレジット表記に新マークを入れる余白、スペースが果たしてあるのかと云う疑問もないでもない。中には疑問を呈するプロデューサー会員もいる。エンドゲーム・エンターテイメント社の投資家でプロデューサーのジェームズD.スターン氏は、「投資家もプロデューサークレジットに値する。この認識がないと、投資家と云うだけで認知されないのなら、カネの集まる映画も集まらなくなる」と警告する。「ちょっとしたリターンを期待してる映画投資家、名前を貸したからカネが集まったと云う映画スター、安いギャラで書く代わりにプロデューサークレジットを貰った脚本家等、こう云う人達も製作開始に重要な寄与をしてる事を知るべきだ」とし、「近視眼的でもある」と一刀両断。ある威名の若いプロデューサー達も今回の協会の動きに疑問を呈している。コネのあるベテラン・プロデューサーが、あまりコネのない若手を押し退け、手柄を全部自分のモノにしようとするのではないかと恐れている。「私はその若手の一人だった」とゴードン氏。ハリウッドは常に力のある者がない者を潰して来た。「しかし新マークは若手の味方になると思う」とも云っている。
この問題は「恋に落ちたシェークスピア」がオスカー作品賞を獲った1999年にまで遡る。あの晩、オスカーの壇上で呼ばれたプロデューサーの数、5人。誰もが不快に思ったわけよ。「はぁ?奴はカネ出しただけで現場に来てないじゃないか!」「企画を売っただけなのにオスカー像を貰えるわけ?」と、方々からクレームが来た。「プロデューサーの仕事って何なんだ?」。これが今回の問題の発火点になった事は間違いない。以降、協会のキャサリン・ケネディー女史を始め、数名の協会員が、「プロデューサーの定義」を定め、それを業界に流布した。一昔、二昔、映画のポスターを見れば分かるが、プロデューサーは2、3名が通常だった。あの1987年のオスカー作品「ザ・ラスト・エンペラー」の受賞者ジェレミー・トーマスは一人で壇上に上がった。あの大作をプロデュースしたのは彼だけだったからだ。当時まだ40歳にも満たない若手プロデューサーだったと記憶してる。製作費数十億円の金集めからキャスティング、製作、宣伝を全て仕切ったのは彼だけだった。しかし90年代に入り、ハリウッドで自称プロデューサーを名乗る輩が急増。製作費数億円の低予算映画に20人のプロデューサーが掲載されてる映画も100本や200本じゃない。そしてこの10年、日本でも現場に来ない「社員・社畜プロデューサー」が製作費数千万円の映画に何十人も登場している。とにかくこれは汚らわしく、是正して欲しい.....。

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