「「作品」を「コンテンツ」と呼び始めた邦画界 "お蔵入り映画"が続出する杜撰な内情」
年末年始は映画館がもっとも賑わう稼ぎどきだが、映画界から明るいニュースがなかなか発信されない。映画ファンから長年支持されてきた恵比寿ガーデンシネマが1月28日に閉館するのに続き、シネセゾン渋谷も2月の閉館を予定している。2010年6月には渋谷シネマライズが3スクリーンから1スクリーンに縮小。都内で個性を競い合ってきたミニシアターが厳しい状況に追い込まれている。また、邦画バブル以降、年間400本以上も公開されている日本映画だが、興収成績の上位は『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』『THE LAST MESSAGE海猿』といったテレビ局主導による"製作委員会方式"のシネコン映画がほぼ独占。いや、劇場公開される作品はまだ恵まれており、日の目を見ずに"お蔵入り映画"と化している作品が続出しているのだ。"映画ファンド"は製作委員会方式に変わる画期的システムとして鳴り物入りで迎え入れられたが、株式会社アイコットが潤沢なファンドを元に製作した青山真治監督の『こおろぎ』(06)、小林政広監督の『ええじゃないかニッポン・気仙沼編』(06)は、ともに人気女優・鈴木京香を主演に据えながらも一般公開されずにお蔵入りしたまま。邦画バブルの崩壊後、製作会社の倒産や吸収合併などが相次ぎ、映画の権利が宙に浮いてしまった作品が年々増えている状態だ。フィルム現像所には引き取り手の現われない、倉庫に眠る作品が数百本にも及ぶとも言われている。製作はしたものの、製作費の回収の見通しが立たずにお蔵入り状態となっている作品も少なくない。社会派ドラマ『密約 外務省機密漏洩事件』(78)で知られる千野皓司監督の『THWAY 血の絆』(03)は製作費3億5,000万円を投じた日本・ミャンマー合作による上映時間3時間15分の大作だが、製作費を回収するのに充分な配給・宣伝費を用意することができずに未公開となっている。中村雅俊主演の『ふうけもん』は09年1月に全国東映系で公開されることが発表されたが、公開が間近に迫っても製作会社が完成フィルムを東映に納品しないという非常事態となり、08年12月になって急遽公開中止に。『ふうけもん』は製作会社が資金面で問題を抱えたことから、作品を期日までに完成させることができなかったとされている。直木賞作家・高橋克彦原作のオムニバスホラー映画『オボエテイル』は05年10月に「第9回みちのく国際ミステリー映画祭2005 in 盛岡」でフィルム上映されたが、製作会社側のトラブルから5年間お蔵入り状態となっていた作品だ。当時の製作会社とは別の会社から1月21日にDVDリリースされることが決まったが、『オボエテイル』に参加した3人の監督の中で企画を主導した明石知幸監督が「どうしても映画館で上映したい」と自腹を切る形で劇場公開に漕ぎ着けたレアなケースである。明石監督、そして『オボエテイル』の配給に奔走したフリーのプロデューサー・生駒隆始氏に一連の舞台裏を語ってもらった。
生駒プロデューサーは映画製作会社ディレクターズ・カンパニー(82~92年)の末期に参加し、黒沢清監督の初期作品『地獄の警備員』(92)を プロデュース。また、井筒和幸監督の"お蔵入り映画"『東方見聞録』(91)は直接のスタッフではなかったが、当時の厳しい状況を知る人物だ。配給・宣伝 のノウハウも持つことから、旧知の明石監督から協力を求められ、新宿K's Cinemaほか全国3館で『オボエテイル』の配給をブッキングすることに成功した。
生駒「実は『地獄の警備員』も"お蔵入り"寸前でした。ディレクターズ・カンパニーの経営が破綻してしまったため、そのままだとフィルムを差し抑えられてしまうため、プロデューサーのボクの判断で別の会社に権利を譲渡させたんです。『東方見聞録』がお蔵入り映画となったのはロケ現場で出演者のひとりが事故で亡くなったことが大きいのですが、実際にはディレクターズ・カンパニーが倒産しようにも倒産できるだけのお金もなくて休眠状態に陥ったために、配給会社が自分のところに支払いの請求が来ることを避けるためにお蔵入りさせたんです。映画がお蔵入りする理由は様々ですが、製作会社で金銭的問題が生じると、配給会社はトラブルに巻き込まれたくないので作品をお蔵入りさせてしまうんです」日活撮影所出身の明石監督は、森田芳光監督の『家族ゲーム』(83)、『キッチン』(89)などの助監督を務めた後、『免許がない!』(94)、『キリコの風景』(98)などを監督している実力派。『オボエテイル』がお蔵入りした経緯をこう説明する。
明石「05年6月に『オボエテイル』は盛岡市で撮影し、9月には完成させました。10月の『みちのく国際ミステリー映画祭』でフィルム上映され、原作者の高橋克彦さんや地元の方たちに温かく迎え入れられました。ちょうど邦画バブルだったこともあり、製作会社側には早く劇場を押さえるようにと口を酸っぱくして言っていたんですが、その後どうも配給に動いている様子がない。06年2月に製作会社側を呼び出してどうなったのか尋ねると、新しい映画の製作に取りかかっていて、そちらに力を注いでいるらしい。それなら監督側で自主配給させてくれとも頼みましたが、なしのつぶてでした。しばらくして、その製作会社は社名変更してしまい、『オボエテイル』の権利が宙に浮いた格好になってしまっていたんです。社名変更した新会社には『オボエテイル』に関わった社員は もう誰もいませんでした。10年9月になって、明石監督は『オボエテイル』の権利が製作会社とは別の株式会社ベルウッドに移ったこと、年明けには劇場未公開のままDVDと してリリースされることを知った。そこで明石監督はベルウッド社から劇場で公開する権利を認めてもらい、劇場に顔の利く生駒プロデューサーに配給・宣伝を 依頼することになった。
明石「配給は生駒さんに尽力してもらいましたが、ポスターやチラシの製作・印刷代など宣伝にかかる諸経費はボクと第3話を担当した久保朝洋監督で出 し合った形です。具体的な金額は差し控えますが、単館系で公開するなら配給・宣伝費は少なくとも200~300万円はかかるんじゃないですか。でも、お金の問題じゃないですよ。キャストのみなさんには『劇場公開作品です』ということで出演していただいたわけですし、久保監督は35mmフィルムでのデビュー 作になるはずだった作品。原作者の高橋克彦さんにとっては直木賞受賞作の映画化でもあったわけです。企画を主導し、みんなに声を掛けたボクとしては何とか して劇場公開したかったんです」自分たちの熱意を汲んで、わずかな期間で新宿、横浜、さらに神戸での劇場公開をブッキングした生駒プロデューサーに感謝する明石監督だが、「100%喜ぶわけにはいかない」とも打ち明ける。元々、『オボエテイル』はHDCAMというデジタルカメラで撮影されたが、劇場公開用に35mmフィルムにブローアップしていた。だが、製作会社が社名変更などのドタバタの中で上映用の35mmポジフィルムを紛失。今回の劇場公開はブルーレイでの上映を余儀なくされている。
明石「35mmのポジフィルムだけでなく、宣伝に使うために撮影したスチール素材も丸ごと紛失しているんです。そのため、今回のポスターは画面から 抜いた画像を合成した苦肉の策ですよ(苦笑)。しかも、一連のトラブルの後、HDのオリジナル原版さえも紛失しているんです。現場の苦労を知っている人間 なら、こんな過ちは起こしませんよ。今回のトラブルは『オボエテイル』だけに降り掛かったものではなく、日本映画界全体に関わるものではないかと生駒プロデューサーと明石監督は話す。
生駒「邦画ファンドもそうですが、近年は映画の現場のことを知らない他の分野から来た人たちが製作に参加しています。映画のことを作品と言わず、コンテンツと呼ぶ人たちです。もちろん、新規参入が悪いわけではありませんが、あまりにも作品の扱いが軽すぎる。作品に対する想いも浅い。採算がちょっと難 しいようだと、すぐにお蔵入りさせてしまっているように見えます。お蔵入りした作品をいろいろ見聞きしてきましたが、最近のお蔵入りした理由はあまりにも レベルが低いように感じますね」
明石「今回はお蔵入りする前に、製作会社からキャストとスタッフにちゃんとギャラが払われていたのが幸いでした。もし、払われていなかったら、監督 としてボクはみんなに会わせる顔がなくて、本当にお蔵入りさせたままになっていたはずです。これからの監督は現場の責任者であるだけでなく、作品がどういう形でアウトプットされるのかまで、きちんと見届ける必要があるように思いますね」
最後に明石監督はこう付け加えた。
明石「シネマライズが1スクリーンになり、シネマアンジェリカもすでに休館。恵比寿ガーデンシネマ、シネセゾン渋谷も閉館に......。渋谷系のミニシアターは壊滅的状況。テレビ局が製作したシネコン映画は全国チェーンで大々的に公開されていますが、逆に日本映画の多様性は失われつつあるんじゃな いですか。ヒットが難しい作品は、存在さえなかったことにされる。『オボエテイル』はそんな日本映画界の現状の一端を象徴しているように思うんです。『オボエテイル』の公開うんぬん以上に、日本映画の今後が心配です」
製作会社が失念してしまった大事なことを、監督たち現場の人間はしっかりと覚えていた。映画『オボエテイル』は1月8日より期間限定で劇場公開される。(取材・文=長野辰次)
21世紀に入り、日本映画はテレビ局との連動で旨味を知った。以来、「邦画はカネになる」との錯覚から、多種多様な業種からカネを集め、粗製濫造とも云うべき数十年振りの「邦画バブル」を産み出した。しかしそうは問屋が卸さない。これも数年前から顕著なのだが、2008年秋のリーマンショック以前から、邦画にカネが集まらなくなった。しかし製作本数は相変わらず400本と云う、圧倒的な供給過多に陥り、数多くの、それもほとんどがテレビ局の噛まない、インディーズ系、低予算、自主映画が公開劇場を見つけられず、完成後も公開までに1年待ち、2年待ちの状態に陥った。そう云う映画はラッキーな方で、完成即→不良債権化する「お蔵映画」が市場外に溢れているのが現在の日本映画界なのだ。

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