Saturday, November 12, 2011

Fukushima: From Bad to Worse

崩れた建屋、貧弱な堤防… 福島原発現地ルポ 報道陣に初公開、事故から8カ月

東京電力は12日、福島第1原子力発電所を事故後初めて報道陣に公開した。発電所の敷地内には崩れた建屋やがれきが残り、石積みの仮設堤防は頼りない姿をさらしていた。放射線量が高い場所もまだ多い。事故後8カ月たっても復旧作業は一進一退が続く。

報道陣は国内外の新聞・通信社、放送局の計36人。事故収束作業を視察した細野豪志原発事故担当相に同行し、バスの中から取材した。午前9時から作業拠点「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町・広野町)で使い捨て防護服に着替えた。綿の手袋の上にゴム手袋、靴には2重のビニール袋。顔を覆う全面マスクは呼吸をしづらい。午前10時にバス2台で出発。原発までは約40分だ。原発正門は防護服姿での警備がものものしい。線量計の値は毎時15マイクロ(マイクロは100万分の1)シーベルト。敷地内に入ると、奇妙な静けさが漂う。まず見えてきたのは日米仏の国旗を掲げた汚染水処理施設。線量は同100マイクロシーベルトに上がった。

カーブを曲がり、水素爆発で崩れた4号機が目に飛び込んできた。コンクリートの外壁が鉄骨にかろうじてぶら下がる。3号機は5階建ての建屋上部が完全に崩壊。今も崩れ続けており、状態は「震災直後より激しい」(東電福島第1安定化センターの山下和彦部長)という。

処理した汚染水などが入るタンクが所狭しと並んでいる。汚泥や使用済みの吸着材の保管用建屋も建設中だった。復旧作業にあたる20人ほどの作業員以外に、屋外で活動する人影はほとんど見あたらない。

海側に抜けると、石を積んだだけの仮設の堤防が姿を見せた。従来の堤防は東日本大震災の大津波で跡形もない。この辺りは更地が目立ち、津波の威力を見せつける。原子炉建屋に隣接するプロセス補助建屋は壁が流され、鉄骨だけだ。建屋から海まではわずかな距離しかない。

午前11時10分、3号機の原子炉建屋のすぐそばで、引率の東電社員が「800マイクロシーベルト、1000マイクロシーベルト!」と叫んだ。車内に緊張が走る。建屋を見上げても原子炉内部はうかがい知れない。

当初、原子炉の注水に使ったポンプ3台がトラックの荷台にあった。幅1㍍ほどであまりに小さい。注水に使う赤いホースは、むき出しのまま地面をはう。

5、6号機に向かう。海抜13㍍にある非常用ディーゼル発電機は無事だったが、ぬかるんだ地盤に送電用の鉄塔は倒れたままだ。

現地対策本部となる免震重要棟に着き、マスクや防護服を脱ぐと汗だくだった。同棟には東電社員ら130人が泊まり込んでいる。

正門を出たのは午後1時50分。約3時間の滞在のうち、免震重要棟内に2時間、屋外にいたのはバスに乗っていた1時間だけだったが、計57マイクロシーベルトの線量を浴びていた。原子炉の冷却は一歩進んだとはいえ、汚染状況はなお厳しい。(日経新聞)





週刊朝日に凄い記事が出てったけど、しかし8ヶ月経って見せたって意味ねえよって.....。

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